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稀代の芸術家たち

ルイス・カムフォート・ティファニー
(Louis Comfort Tiffany、1848/2/18〜1933/1/17)

アメリカ合衆国の宝飾デザイナー、ガラス工芸家、アート・ディレクター。

アメリカにおけるアール・ヌーヴォーの第一人者として知られ、主にステンドグラスやモザイク加工のガラスランプの製作などにおける芸術家として名を馳せた。

ルイス・C・ティファニーの芸術の特徴は、乳白色ガラスを基盤とした多様な色を用いたテクスチャーやモザイク効果の効果的な多様的運用にある。アール・ヌーヴォー様式に共通する写実的な自然賛歌を交えた画風も非常に定評が高い。

ステンドグラスの製法においては、それまで主流とされてきたエナメル塗料を直に塗りつける方法を抑え、色彩ガラスを利用した手法になっている。
これは17世紀頃に失われた技法をティファニーが再現したものである。

若いころ、印象派の画家として活躍していたティファニーは、ガラス片に銅のテープ(コパーテープ)を巻き、ガラスとガラスをハンダ付けでつなげる技法を考え、絵のように繊細で彫刻のように立体感のある作品を作り上げました。彼のガラス工房には、5000種、300トンものガラスが常備されていたといいます。

芸術的センスだけでなく、時代を読み取る先見性にも優れていた彼はこうしたガラスを駆使して限りなく芸術性を求める反面、ガラスを合理的に使い材料を無駄にしませんでした。「花のいざない」などの大作を作る際に出るたくさんのガラス片は、当時発明されたばかりの電気スタンドの傘を美しく彩るステンドグラスとなり、「ティファニー・ランプ」と呼ばれ、今でも世界中で愛され続けています。

【ルイス・C・ティファニーの歴史】

■1848年 ティファニー社の経営者であるチャールズ・L・ティファニーの息子として生まれる。イーグルスウッド・ミリタリー・アカデミー(陸軍士官学校)を出た後、家業である宝飾店への経営参加を拒み画家となるためにニューヨークのジョージ・イネスやサミュエル・コールマンに師事。後にパリに遊学しレオン・バリーにも師事を受ける。
■1872年 最初の妻であるメアリ・W・コダードと結婚。
■1875年 ガラスの製造・工芸に惹かれ、1878年までブルックリンのガラス製造所にて働く。
■1879年 父の事業との連携・支援の下でサミュエル・コールマン、ロックウッド・D・フォレストと共に最初のガラス製造所を立ち上げ。
■1884年 メアリ、死去。
■1885年 よりガラス工芸に打ち込みたい思いから最初のガラス製造所を解体させ、共営に因らない自分のガラス工芸スタジオである『ティファニー・スタジオ』をニューヨークに立ち上げる。
■1886年 ルイーズ・ノックスと結婚。
■1893年 新工房『ティファニー・グラス』をコロナ、クイーンズ、ニューヨークに立ち上げ。
■1900年 パリ万国博覧会にて『ティファニー・スタジオ』作品を出展。ニューヨーク・アール・ヌーヴォーの第一人者として、本家ティファニー社作品を凌ぐ評判と名声を得る。
■1902年 父、チャールズ死去。ティファニー本社のアーティスト・ディレクター部門顧問に就任。
■1904年 ルイーズ、死去。自らの家屋芸術の粋を極めた84部屋の邸宅『ローレルトン・ホール』を製作し、その中に自らの最高傑作を納めた『エー・コレクション(A-Call. )』を収める。
■1918年 ティファニー本社の顧問職を辞す。
■1928年 『ティファニー・スタジオ』倒産。
■1933年 ルイス・C.ティファニー、ニューヨークにて死去。『ティファニー・スタジオ』閉鎖。



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